- 2004-11-10 (水) 5:53
- 科学
紀元前1世紀(弥生時代中期後半)の巨大な神殿跡が見つかっている大阪府和泉市の環濠(かんごう)集落、池上曽根遺跡の中心部で、整然と配置された大型の掘っ立て柱建物群跡が見つかり、和泉市教育委員会が9日発表した。
集落の中枢にかかわる倉庫群とみられ、この一帯に政務や宗教、収税など権力機関が集中していたと推測できるということです。 このことは、権力を握っていた「王」の存在を示しており、実際にいたとすると卑弥呼よりも200年も古い王だということです。
卑弥呼がいたとされるのは九州北部であるという説が有力で、今回見つかったのは大阪と云うことで直接的な関係はなさそうです。 ということは弥生時代でもある程度発達した文化を持っていた土地では支配者階級が存在していた可能性があるのかも知れませんね。
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- 児島宮刊行会 05-03-17 (木) 10:37
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和泉市教育委員会が9日発表した。について
大阪府和泉市の環濠(かんごう)集落、池上曽根遺跡の中心部で、整然と配置された大型の掘っ立て柱建物群跡が見つかり、と
ありましたので、解説を付け加えさせていただきます。
ご承知のように、和泉市の環濠(かんごう)集落、池上曽根遺跡は古代殷時代に避難してきた
民族の特徴が垣間見えしています。単に王が居たと位地付けするのは理由が不足状態でしょう。察するに遺跡に見える特徴は殷時期?以降かは判断不可能ですが、東夷人である事は
確実でしょう。
掘っ立て建物は古代中国抑韶文明が発祥地で環濠(かんごう)集落を伴い竪穴式建物に中央に炉を設け暖をとり、狩猟で生計をして、山岳に住んだのが起こりです。これらを総称して
ヤンシャオ文化という。【児島宮刊行会】 - とし 05-03-17 (木) 11:38
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ふむふむ。なるほど。
正直歴史はよくわからないのですが、様々な考察ができるわけですね。
貴重なコメントありがとうございました。



