- 2008-08-28 (木) 19:18
- メモ

from tetsu_kdc
たくさんの方に読んでいただいた前のエントリですが、何にも調べずに適当なことを書いてしまいました。
「元記事が間違っているからしょうがないけど、」といった心温かいコメントもいただきましたが、「あーそういうものの見方もあるのかな」くらいのつもりでおもしろがって釣られまくって書いてしまったことを大いに反省しています。
スイーツ(笑)スイーツ(笑) orz
なにが間違っていたのかを検証しておきます。
色の定義
そもそも色の定義がなされていない点がどうしようもない点のひとつです。「色ではない」といっているわけですから色の定義が必要であり、その反例を示すべきですが定義もできていませんし、反例も述べられていません。もちろん、反例など挙げられないわけですが。
色の定義ですが、色 - Wikipediaによると、
可視光線の組成の差によって質の差が認められる視覚である色覚、および、色覚を起こす刺激である色刺激を指す。
とあります。ですから、可視光線の組成の差によって識別できる感覚であるマゼンタはれっきとした「色」であるわけですね。スペクトルに含まれているかどうかは別問題であることは明らかです。
色覚は単純に物理的な刺激であって個人的にどう思うかは関係ありません。
色を認識できる仕組み
その証拠ですが、色を感じる細胞(錐体細胞)には赤・緑・青と3種の錐体があり、それぞれの錐体が別の波長の光を受容するタンパク質を持っています。このタンパク質は膜タンパク質と呼ばれるもので、細胞の活性と光の刺激を結びつける働きを担っています。それぞれのタンパク質が光を吸収するとそれが細胞の刺激となって脳に伝達されます。
右はそれぞれのタンパク質が吸収する波長のピークを示した図です。言葉では赤・緑・青を吸収すると言いますが、実際には赤だけ、青だけというものではなくそのほかの波長も吸収することができます。ですから可視光領域のすべての光線を色覚として認識することができるわけです。
認識する際に人間は3種類の錐体がどの程度光を吸収したかということが脳に伝達されます。このとき、赤と青の錐体が1:1で光を吸収するとマゼンタとして知覚されます。マゼンタに緑が1の割合で加わると白に、それ以下の割合で加わればグレーになります。このような組み合わせによってすべての色覚が形成されています。要するにどれだけ3種の錐体が光を吸収したかというのが色だということです。ですから認識できるすべての色は錐体の吸光度で表現できるます。それは上でも述べましたがマゼンタでも同じです。
前の記事では、
同時に複数の波長が飛び込んできたときには、その中間の波長の光を色として認識することになります。たとえば緑色の光と赤ならその中間にある黄色と認識するわけです。
という点で
1.光というものを単色光だと勝手に解釈していること
2.2種類の光(たとえ単波長だとしても)があるときにその2つの波長の平均値として認識すると解釈していること
の2点において致命的な間違いを犯しています。
まず、多くの光は単色光ではありません。様々な波長の光が混ざったものです。ですから2種類の色の光ということ自体が単色光だと断らない限り意味のないものになります。要するに最初から光自身が混じりものだと言うことですね。
さらに深刻なのは2つめで、これは思い切り間違っています。
2つ以上の錐体が光を吸収したときに脳が信号として知覚する色はスペクトルとは全く関係ありません。上で述べたように青と赤の錐体が光をを1:1で吸収すればマゼンタだと認識されるわけです。
前の記事では色を定義し切れていませんでしたが、単色光を色だと定義すればマゼンタはは単色光で表現することはできませんから色ではないと言うことも可能かもしれませんが、これは苦しすぎるし、それなら茶色だってグレーだって色ではなくなってしまいます。
さらに色が消える錯視に関してですが、

コレは中央の点を見つめていると色が消えるというものでした。確かに消えるのですが、この手のことに詳しい知人に聞いたところ、別に補色で打ち消しあって消えるというわけではないようです。
曰く、一点を見つめることで色を感じる領域がその色に固定されるために一定の刺激に「慣れ」てしまうため神経伝達が弱くなるのではないかと教わりました。
錯視に関しては解明されていない点が多いため、どんなことが原因になっているのかはよくわからないとおもうよとも付け加えて欲しいともアドバイスいただきました。
というわけでまんまと英語の釣り記事に釣られて良いように踊らされてしまいました。
ブコメで指摘してくださった皆様、本当にありがとうございました。皆様のおかげでダークサイドへ墜ちていかずに済んだと本当に感謝しています。webってすげーなーっておもいました。集合知ってこういうことですかね。webじゃなくてもある話だけど。
以下、反省と自分への愚痴なので読んでいただかなくて結構です。
いまは意外と冷静に書いてますが、冷静に読み返してみると破綻すらしていないというか、何というか、もう記事消して逃げてやろうかと思うような内容で変な汗をかきました。
知らないことならともかく、専門とかぶる領域なのでどうして疑問に思わなかったのか、悲しくなりました。もう自分の職業まで疑ったよ orz
正直、「ネタ記事に釣られやがってぷぎゃー」くらいのことを言ってしまおうかと思うくらいだったんですが、そんなことをする勇気もなかったので、この記事をあげて陳謝したいと思います。
こんなことが無いよう精進していきますので、どうぞ暖かく見守ってください。
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Comments:10
- Kikuchi 08-08-29 (金) 5:13
-
色と光は混同しやすいのですが、物理特性の「色」とは物体が持つ反射特性で、マゼンタは赤と青のみを
反射し、緑を吸収する性質です。
色には「透明」がありますが光にはありません。
マゼンタ色に白色光を当てた時に反射してくる光は「マゼンタ色」ですが、赤色光では「赤」、青色光では「青」
緑色光では「黒」として知覚します。
似たような事例ですが日常生活では「質量」≒「重さ」で問題ないのですが、地表上というほぼ均一の重力場で
生活しているから成り立つのです。 同様に我々は通常白色光の基で生活しているため「色」と「光」、そして
「知覚上の色」は同一視、悪く言えば混同されるのです。
「白」でも光が当たらない環境下では「黒」としか認識できなかったり、単一スペクトルを持つ低圧ナトリウム灯下
ではすべての「色」は橙色に対する反射強度でしか知覚できず、「色」を知ることはできません。
面白くかつ奥の深い分野だなあと感じます。 - Kikuchi 08-08-29 (金) 6:29
-
つづき
色について、反射特性のみに触れましたが、透過特性についても同様に「色」です。
中にはダイクロイックフィルターのように波長によって振り分ける特性を持つ物もあり、この場合反射特性
としての「色」と透過特性としての「色」は全く異なり、補色関係になります。
因みに「空気」は無色透明ではなく僅かながら短波長光を散乱し長波長光を透過させる性質があり、空は青く
水平に近く長い距離を透過してきた夕日は赤いのです。
空気の色は散乱・反射特性と、透過特性からと見方を変えると、青くもあり赤くもあると言えます。
(「吸収特性」という見方もありますがエネルギーを考えずに「色」に限定し「反射特性」に含めて省略)検索すると面白そうなキーワード
ダイクロイックフィルター(ミラー) 輝線スペクトル ネビュラフィルター
色温度 加色法 減色法 カラーフィルム - carl nielsen 08-08-29 (金) 7:17
-
疑似科学がどのように広まっていくかようく判りましたよ〜
- ccser 08-08-29 (金) 8:10
-
なんかかわいいなと思いました。
これからもがんばってください。
- sukrkv 08-08-30 (土) 14:21
-
気になったのでコメントさせていただきます。
>色覚は単純に物理的な刺激であって個人的にどう思うかは関係ありません。
この部分おかしくないですか?
例えば色の消える錯視や、反対色の残像を視る錯視なんかは
物理刺激とは違う色を知覚していますよね。
色覚は、上で示された3種の錐体の刺激だけでは説明が付くものではありません。
色は錐体の受けた刺激を脳内でいくつかの変換を経て知覚されるもので、
物理刺激に対応しているとは限りません。
観測者個人によって色の見え方は異なります。元記事の「マゼンタは色ではない」は間違いですけど、
「脳が作った幻想である」の部分はあながち間違いではないと思います。 - terre_verte 08-08-30 (土) 22:57
-
>sukrkvさん
横から失礼いたします。
確かに「色覚」は物理的な刺激だけで決まるものではありませんが、
「マゼンダ」という「色」は現代では完全に定義されたものなので、
幻想とはちょっと言いすぎかと思います。Wikipediaの「色」の記事を見ましたが、ヘリングの四色説や反対色細胞に
まったく触れられていないなど、こと色覚についてはかなり適当なことしか
書かれていません。信用しない方がいいと言っていいでしょう。「光」は物理学ですが、「色」は生物学+心理学といった感じなので、勉強するには
それの専門書が必要になります。むしろ光についてなまじ詳しいとスペクトルだけで
考えてしまいがちな分野でしょう。とりあえず、色覚についてはヘリングの四色説が
ほぼ実証されているので、三色説だけで考えない方がいいと思います。 - とし 08-08-31 (日) 3:43
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> Kikuchiさん
詳しい解説ありがとうございます。
色は目に入ってくる光なのではなく、その物体(でいいのかな)が持つ反射特性であって、当たる光によって観測される知覚は当然変化すると言うことですね。
最終的には網膜に当たる光の波長で決定されるけれども、それが物体の持つ色だとは白色光以外の環境下では決定することができないという解釈で良いでしょうか。> carl nielsenさん
すっかり布教してしまいました(苦笑)> ccserさん
かわいくはない……とおもいます。> sukrkvさん、terre_verteさん
同じ物理的刺激を同じ環境下で受けたときには同じ知覚を得られるという点は確かだと思うので、物理学的な視点で記事を書いたつもりです。
心理学的な分野からのアプローチは全くできていないので、脳での処理を完全なブラックボックスとして扱っています。そのためにsukrkvさんが仰るような疑問が生じてしまうのではないかと思います。色覚に関してはもっと勉強しないといけなさそうですね。
面白い分野なのでちょっと漁ってみたいとおもいます。 - kikuchi 08-09-01 (月) 4:53
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色という概念は本当に難しいですね。
反射特性、透過特性、発光特性もあり、伝播してくる光自体も色を持つと言えると思います。
何れにしろ光源から始まりある空間を通過して行く「スペクトル分布」の状態と捕らえれば良いのでは
ないでしょうか。
狭義の「物体の色」にも光源にも波長に対する分布がありその中の「可視」な部分の分布状態と考えると
「色」とは「分布パターン」と考えることもできると思います。
視覚として捕らえて認識するのは別問題で、色に限らず脳が作り出す「幻想」と言ってもおかしくないと
思います、この部分は正しいのではないでしょうか、むしろマゼンタに限定したことが誤りなのだと思います。
青空の青っぽい環境光下でもかがり火や夕焼けの橙色の環境光下でも補正して白い物体は白だと認識する
のですから多分に「想像力」か働いているわけです。 「白昼見た建物の色が夕方見たら変わっていた」では
困ります。
色に関係するものはカメラなど人間の眼以外にもあり「幻想」は関係ありません。
たしかに波長は数直線として考えられますが、強度を考えると直交座標が必要になります。
明るくても、暗くても色は変わらないから強度を無視して考えたのかも知れません。
単一の波長を持つ光は、レーザー光以外にはなく、初めからスペクトルは「分布」しているので
あまり、「波長」に拘ると全体を見失うのかも知れませんね。 - とし 08-09-02 (火) 1:13
-
たびたび詳しくありがとうございます。
スペクトル状態・分布パターンという表現はしっくりとくるものでした。
当然、脳の処理を経てすべての認識をしているわけですから、脳が作り出した幻想だといえるわけですね。マゼンタだけが幻想だということはないですね。
色が他人と共有できない(私のマゼンタがkikuchiさんと同じように見えているかとか)というのは痛みを同じような感覚として捉えているかと全く同じものですからね。色に限ったことではないわけです。前の記事では色の例えがふっと浮かんだので勘違いを助長してしまったのかもしれません。いろいろと考える機会を与えていただきました。
色や認識に関しては、勉強を続けていきたいと思います。
ありがとうございました。 - Kikuchi 08-09-02 (火) 4:01
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感覚としての色について・・・・。
青白い光源の下でも赤っぽい光源の下でも、そこに「白い物体」があればそれを「白い」と認識します。
光源の波長による偏りは無視して常に光源はニュートラルであると見なしていくので (何を基準の白色光に
するかは置いておいて) 眼前の夕焼けは「赤い」 (橙?) と認識しつつ顔に当たる光は「白い」光だと感じる
二重構造持つことになると思います。
例えば赤や青のストロボの点滅する環境を考えるとそこに立つ人の顔の色 (瞳に入る光として)は一瞬
たりとも「白」と見なせる光源は存在しませんが、背景や並ぶ人たちの顔の見え方から、白人、黒人、黄色
人種を判断し、女性であれば化粧の濃さなどを加味し、記憶の中の顔の色として認識するのだと思います。
例えば「墨付け」祭りなどで顔に墨を塗られていても首や耳の色あいから墨の下の顔の色を認識するのでは
ないでしょうか。
人は、眼に入る光を補正しながら物体などの色を認識し、それが不可能な状況下では経験や記憶から
色を認識するのだと思います。
例えば夜中に電灯の下で友人と対面状態で会話していたとして、停電して真っ暗になり眼に入る光の刺激が
なくなっても「友人の顔の色は?」訊かれれば答えることが出来ると思います。
眼に入る、光がないにも拘らずです。
その時その時の色を、リアルタイムに認識するのではなく、色も含めた環境 (特に「色」はそう目まぐるしく
変わるものではないので注視していない部分は記憶で補って)を認識するのだと思います。
信号待ちの交差点で脇見をしているといつまで経っても頭の中の信号の色は赤で、後続車にクラクションを
鳴らされたり、前が大型トラックで信号が見えなくても動き出せば青(限りなく青に近い緑だと思う・・・)だと
認識するのです。 (’大分趣旨から反れた・・・)
そのような外的要素があったり、「記憶色」の問題があったりと、「想像力」抜きでは考えられない世界であり
色の感じ方を 「幻想」か否かなどと簡単に物理特性と結び付け、有意性を見出そうとしたところに無理が
あったのかも知れません。 ・・・結構面白いテーマではあったのですが。
まとめて書き出してみましたが、結構面白かったです。 ・・・ Tnx
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マゼンタが特別なワケ?
昔の自分と同じ間違いをしている人がいた件。 具体的にどこが間違ってるかというと、以下の部分。 同時に複数の波長が飛び込んできたときには、その中間の波長の光を色として認…
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1997年のイソターネットより「光の三原色について」
発端
RinRin王国 #20080828
Orbium -そらのたま- 「マゼンタは色じゃない」は誤りです。でまあ、色がゴニョゴニョ言ってるわけですよ。
とゆうこ…





